ある夏のこと――。熱帯夜が続き、この日もそんな蒸し暑い夜だった。作家を目指しながらもその夢に破れ、遂には統合失調症を患ってしまったこの男性…。療養の為に人里離れた海辺の旅館に停泊し意識あってのことか、夢現なのか毎日浜辺を当ても無くうろついていた。どうやらこの男性は自らを隠遁した作家か何かと錯覚しているようである。旅館の一室の文机には男性が書き綴ったと思われる小説のようなもの――内容はとても正気とはとれぬものばかりだったが――が散乱しており、そのなかの比較的真っ当に読めるものの中に、フィクションともノンフィクションとも取り得るおぞましい内容が綴られていたのである…。「浜辺にてまだ息のある人型の魚を拾う。その見た目、伝説の『人魚』の姿形によく似ており興味を持つ。しかし女将や仲居に此れが見つかれば咎められるは必然。秘密裏に運び込む。」
暴れて旅館の者に見つかっては大変と思ったのか男性は女性ダイバーを紐のようなもので拘束し、奇妙な『飼育観察』を行ったのである。餌を与え、刺激を与え、旅館の使用人と思われる男も抱きこんで、『人魚』へ様々な実験とも取れる行動を繰り返し、その様子を淡々と原稿用紙に書き込んでいく…。この中に記されているのは飽くまで『人魚の観察日誌』であり、女性ダイバーの人としての感情などは一切明記されていない。果たして男性が見詰めていたものは何であったのか…。




